海外移住日記第165話 タウンハウスでの何も起きない凪の一年

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シラチャ勤務時代のこと。私は一時期ガウキロにあるタウンハウスに引っ越しました。しかし、期待に反し何も起こらない毎日。環境が変わればもっと色々起こると思っていた。何か生活が劇的に変わるのではないか・・・と。しかし、現実に起こることと言えば、毎日のように虫がたくさん出るということ。そしてそれを退治することが毎日の日課になりました。

どうでもいいことですが、このタウンハウスでの1年でゴキブリが平気になりました。人と向き合わず、虫と向き合うだけの毎日。正直なことを言えば、マッチングアプリなんかでも住む場所を変えれば、もっとローカルの娘と知り合えるのかなとか思っていました。しかし、そんな夢みたいなことは起こらず、普通にヒットする相手が減っただけでした。

ローカル過ぎて誰もやっていないのか?それとも繁華街や、町の中心部でないと見つからないのか・・・バンコクやパタヤのような大都市であれば、多少中心を外れても可能かもしれません。しかし、シラチャのようなそもそも片田舎、しかも、そこからさらに田舎に移動するとやはり見つからないということか。

引っ越し当初は、近くの市場や20バーツショップでものを揃え、新生活にうきうきしていました。しかし、それもせいぜい引っ越しして1,2週間ほどの短い間。それ以降は本当に凪の時間。どれくらい何もないかというと、近くに新しい屋台や食堂ができると歓喜するほど。それくらい刺激と変化に飢えていました。

・・・そして悟りました。ここはあれだ。何もない人が住むところじゃない。逆だ。何かあってから、パートナーができてから、まったりと住むところだ。改めてそう確信しました。まあ、これは自分の受け身な姿勢にも問題があると思います。しかし、昔、チェンマイ時代(と言っても20年前)は色々起こったのになー。やはりあれば私が若かったからかー。

若かりし頃は、それでももう少し行動的だったかもしれませんが、基本的な性格は変わっていないはず。変わったのは周囲ではなく自分自身。やはり私の年齢。おじさんになりました。おじさんになった今、私自身が積極的に動かないと誰もかまってくれないということか。タイでもおじさんになると肩身が狭いのかー。

・・・結果、ひょっとしたら将来タイの片田舎で独居老人になるんじゃないか、と一抹の不安すら感じはじめてしまいました。そんな、めちゃめちゃ不満があるわけでもないが、満足もしていない生活が1年続きました。