海外で経験した命の危険~ブラジルのスラム

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ブラジルの北東部最大の都市サルバドール。バイーア州の州都。一般的にブラジルは北は黒人、南は白人と住み別れています。そんなサルバドールは黒人だらけの街でした。特に私が住んでいたスラム地域には、中国人も世界中どこにでもある中華料理屋も全く見かけませんでした。私はそんなサルバドールに半年ほど滞在していました。

ブラジルに数ある遺跡や観光名所を全部すっ飛ばして、サルバドールを目指した私。ブラジルのサルバドールは毎日お祭り騒ぎだよ。そんな話をかつてレバノンで知り合ったバックパッカーから聞いたときからサルバドールに恋い焦がれていました。そしてブラジルに入る前にチリ、アルゼンチンと通りましたが、各地で出会った旅人もまた口を揃えて、サルバドールは最高だ、そう言っていました。

そんな恋焦がれたサルバドールのダウンタウンは世界遺産でもあり、完全に観光地化されていました。観光客こそ多いですが、何か違う。しかし、ブラジルは今まで旅行した国の中でも抜群に治安の悪い国でした。そのせいで中々自由に動き周れないこともあり、確かに楽しいのは楽しいのだけれど何か聞いていた話とは違う気がしました。

そんな時アルゼンチンのブエノスアイレスで知り合った旅人の言葉を思い出しました。サルバドールにもし行くんだったらこの人を訪ねてみたら。それがサルバドールに不法滞在していたJさんでした。Jさんはサーファーでサルバドールに数年間も不法滞在しているとのことでした。そしてそのJさん家の部屋を間借りできるとのことでした。略してJ宿

そのことを思いだした私は早速連絡をしてみることにしました。メールで連絡してみると早速翌日返信が来ました。部屋は開いているので歓迎するとのことでした。早速私はJ宿に移るべくJさんと待ち合わせをすることになりました。J宿はダウンタウンから数㎞離れた海岸近くのスラムにありました。そこは男の人が日中上半身裸で裸足で歩いているようなところでした。

ちなみにブラジルのリオデジャネイロのスラムを映画化した City of god という、スラムで少年が銃で殺しあう映画がありますが、ブラジル人曰くそんなに誇張されているわけではないらしいです。余談ですが、サンパウロで仲良くなったブラジル人にこれからサルバドールに行くと行ったらあそこは本当に危ないから気をつけろと真顔で心配されました。

こんなスラムに住んで本当に大丈夫なのか?そう心配になりましたが、住み始めてしばらくしてその心配が杞憂だということが分かりました。超平和。しかし、なぜそのスラムが安全だったかというと、それはすべて家主のJさんのおかげでした。

Jさんは波の良いところを探して旅するサーファーでたまたまこのブラジルのサルバドールに流れ着いたのでした。そして地元のサーファーと仲良くなり、今の家を紹介されたとのこと。しかし、さあ新しい我が家だ、と引っ越ししたその日に泥棒に入られました。しかし、その数時間後。サーファーの友人と共にその泥棒が盗んだもの(サーフボード大小など)を返しに来ました。

その泥棒曰く、アミーゴ(友達)のアミーゴだとは知らなかった。ごめんなさい、と。それ以来Jさんはそこに数年間住み続けていますが、泥棒に入られたことも、地元の人間に絡まれたことも、ぼったくられてことも一度もないとのことでした。それもこれも地元のスラムのサーファーのアミーゴだかららしいのです。

冒頭でも言いましたが、当時、私が暮らしていたサルバドールのスラムは、世界中どこにでもいる中国人すらいないような黒人だけの街でした。観光客も来ないようなスラムではアジア人は当然目立ちます。と言う訳で、あのジュポネス(日本人)はJのアミーゴだ。手を出すな。とスラム全体がそう言う共通認識を持ったらしいです。良い意味でも悪い意味でも私たちはそのスラムで有名人になっていました。

私はそのJ宿に半年近くいましたが犯罪に巻き込まれることも、何か盗まれることも、ぼったくられることも一度もありませんでした。例えば、ある深夜の3時過ぎにベロベロに酔っぱらい宿への坂を上っていた時の事。前から歩いてくる上半身裸のボブサップみたいなでかい黒人3人組と遭遇したことがありました。

通常なら、スラムで、人を何人か殺めていそうなでかい裸の黒人3人組と遭遇しようものなら、命だけは助けて下さい、と土下座しそうなものですが、当時あまりの平和ぶりに気の抜けていた私は笑顔で、オラ!(こんにちわ)と挨拶すらしていました。すると彼らからは、おいおいそんなに酔っ払って大丈夫か?気を付けろよ?大体こんなことを言われて心配されたことすらあります。まあ、それくらいそのスラムは日本人にとっては平和な場所でした。

そして平和なことに安心した私は連日そのスラムで飲み歩いていました。連日飲み歩いていたおかげで現地に友人が大勢できたのですが、ある時そのうちの一人から、いいか絶対あの建物から先へは行くなよ、と笑いながら言われたことがありました。何で?そう尋ねると、あっちはスラムで危ないからだよ。と言われました。いやここもスラムだろう、と笑い飛ばし、彼のいうことを本気にしていませんでした。

そんな私はそのスラムに約半年ほど住んでいる間に現地の彼女が出来ていました。彼女は私が住んでいた長屋の近くのバーガースタンドのウェイトレスをしていました。そのため毎晩のように彼女のいるバーガースタンドを訪れていたのですが、ある日店の場所が変わることになったと彼女から言われました。

それは隣のスラムでした。宿からの距離は大して変わりませんでしたが、私が住んでいたスラムと隣のスラムの境からほんの200mほど入ったところでした。当時の私は現地のブラジル人の友人の、絶対に行くな、と言われていた場所です。しかし、私は注意などすっかり忘れており、宿からの距離は大して変わらないからという理由でいつも通り歩いて通っていました。

そんなことが何日か続いたある日のこと。いつものように夜10時ごろ、彼女の働く店に向かうため歩いていました。安全な(私にとって)スラムを越えて、隣のスラムに入り100mほど進んだところで突然後ろから蹴り飛ばされました。振り向いてみると上半身裸の黒人が5~6人立っていました。そして闇夜にキラリと光る刃物を持っているのが見えました。

殺される!一瞬パニックになりかけましたが何とか冷静を保ち、南米で何度となく聞かされた襲われた時の対処法を思い出しました。ブラジルで強盗に襲われたら、笑顔でお金を出せ。絶対に歯向かうな。友人から聞かされたその話を信じ、私はポケットに入っていたお金15ヘアル(当時約1000円)を彼らに笑顔で渡しました。

しかし、お金を奪い取ったその中の一人がとどめとばかりに襲い掛かってくる様な仕草を見せました。思わず、〇〇の嘘つき!笑顔で渡せばそれ以上は何もされないって言っていたじゃない、すると強盗の中のリーダー格の黒人が、もういいやめろ、行くぞ(意訳)みたいなことを言ったかと思うと、ブラジルではお決まりのポーズである親指を立てて笑顔で去っていきました。

強盗が去りほっとしましたが、最初の一撃を食らった際、私は地面で腕を擦りおろし、かなり出血していました。どうしようと思いましたが結局もう100mほど行った所にある彼女の店に向かうことにしました。私が顔を見せるといつものように笑う彼女でしたが、私が出血しているのを見ると急に顔つきが変わり悲鳴を上げました。

どうしたの!!?

>そこで強盗に襲われた

大丈夫!?

>15ヘアル取られただけ。

みたいなやり取りのあと店の他の従業員やオーナーまで集まってきました。そして店で簡易的な治療を受け車で家まで送ってもらうことになりました。宿には他の日本人居住者が既に帰っており、血だらけの私の姿を見るなり心配してくれました。が、一連の話を聞き、私に大事がないことを分かると皆急に大爆笑し始めました。

以前タイのチェンマイで襲われた時もそうだったのですが、襲われても大したものを取られていない、傷が大したことない、大事がないことが分かると途端に頭の中で、これは面白エピソードになる、そう脳内変換してしまっていました。まるで若手のお笑い芸人のように。良いエピソードトークが一つできたと。

おそらく私同様彼らも同じような状態になっていたのでしょう。皆、平和な日本から来ていましたが、危険なブラジルに慣れ、危険慣れしていました。明らかに感覚が麻痺していました。皆と共に笑う私を見て彼女はそっと一言、クレイジー、とつぶやきました。