海外移住日記第18話 不運が続いた挙句、痛風再発

Pocket

バンコクで痛風再発

バンコクでの就職活動は苦難続きでした。というのも全然関係ない話なのですがタイに来て痛風が再発してしまいました。弱り目に祟り目。これは久しぶりのバンコクということもあってタイ語の勉強にかこつけて毎日飲み歩いていたことが原因だと思われます。そのため左の親指付け根が折れているんじゃないかと思う痛風の激痛の中企業面接を受けに行ったこともありました。まあ、完全に余談です。

タイで就職活動をしている初期の頃、正直全く興味のない会社や業務内容にも関わらず、転職会社の担当者の強い勧めでほぼ無理やり面接させられた会社が多くありました。結果は不採用。おそらくこちらが全く興味のないことが顔に出ていたのだと思います。まあ、こちらとしても全く興味のない会社だったから別に良かったのですが、それでも不採用、お祈りメールをもらうことが続くとそれはそれでへこみました。

その後、その転職会社とは疎遠になっていくことになります。というのも私の意向は全く無視して興味のない会社を紹介してくるからでした。タイの転職会社は会社に人材を紹介して、その人材が採用され、数か月の間働いていればマージンがもらえる仕組み。会社によって多少違いはあると思いますが、採用した人材の1、2か月分の月給がマージンとなるようです。そのため、例えこちらの意に添わずとも無理やり紹介してこようとします。

初期の頃、36歳でタイ語も英語もそんなにできないことを自覚していた私は、タイでの転職は厳しい、という最初の転職会社の担当者の言葉を真に受けていました。紹介してくれるだけでもありがたい、そう思い紹介される会社に手当たり次第にエントリーはしていたのですが、他のエージェントにも登録をしてしばらく転職活動を続いていくうちに大分様子が違うことに気が付きました。

別のエージェントでは、この経歴ならすぐに仕事が見つかりますよ、そうポジティブなことをいってくれるところまであるくらいでした。そこで初めて私は転職会社の口車に乗せられていたのではないかと気づき改めて、職種や業種を選ぶ、ということをし始めました。

そして私は愚かにも前職が不動産業界に従事していたことから、不動産の仕事なら国が違えど即戦力として働けるかもしれない、との理由で不動産会社を中心に就職活動を始めてしまいました。この浅はかな決断が後後自分にとんでもない災いをもたらすことになろうとはこの時は思いもよりませんでした。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする