タイで過ごした時間はまるで修学旅行の夜がずっと続いているよう

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タイで時を戻す

私は大学を卒業した後、すぐに就職しませんでした。と言うよりも学生時代に就職活動なんて全くしませんでした。ただひたすら海外をずっと放浪していました。そんな私を見て両親はすでに諦めていたのか、大学卒業と同時にタイに行くと言った私を止めることはありませんでした。そうして私は当然のようにバンコクのカオサンへ向かいました。

あの当時、毎日タイで遊んで過ごしていた時のこと。カオサンでは同じ宿に泊まっている日本人たちと一緒に行動を共にしていました。そんなタイに渡った初期、私がよく遊んでいた日本人グループには、イギリス留学前の女の子、がいました。女子が同じグループにいる、そのことにより不健全な夜遊び等はせず、普通に飲みに行ったり、宿の下のサロンで酒盛りをして語り明かす、そんな生活を毎日のように送っていました。

しかし、そんな生活も1か月ほど。その娘がイギリスに旅立ってしまうと、女っ気のなさと夜の誘惑に耐え切れず、自然と夜遊びしに行くようになりました。初めはお決まりのゴーゴー遊び。そこで女の子の連絡先を聞き、店外で会う。その後はテルメで、そしてお風呂で、同様のことをして過ごしていました。

夜な夜な夜の街に繰り出してはバンコクの夜のパトロールをする毎日。しかし、そんな生活も連日続くとさすがに飽きてきます。すると今度はクラブ通いにはまりだしました。今では40手前のおっさんの私ですが当時は20代前半。20代前半の日本人の4、5人のグループ、しかも今から20年以上前。これが非常にモテました。びっくりするくらい。

大概、毎回クラブに行くとナンパに成功していました。まさに入れ食いとはこのこと。しかし、あまりの成功度の高さにどこか感覚がマヒしてきたのだと思います。次第に女の子と肉体関係を持つことに満足感を持てなくなっていきました。その結果どういう遊び方になり行き着いたかというと、

クラブに行く→女の子をナンパする→女の子の部屋に行く→そこで酒盛りをする→そのまま皆で雑魚寝する→そして翌日の夕方くらいまでまったり過ごす→宿に戻って夜まで休憩する→最初に戻る・・・

この一連の流れの中で私たちは女の子の体には指一本触れていません。そしてその日の深夜になるとまた女の子から連絡があり、今日もうちの部屋においでよ、となります。そして、また酒盛りからの雑魚寝、という生活をループするということを繰り返していました。しかし、しばらくすると女の子の方が呆れてきます。そして怒り出します。

何で何もしないの?

何しに来たの?

しかし、当時の私達は、ただ仲の良い友達と、タイ人の女の子と、空調の効いた女の子の部屋で一緒に酒を飲み、酔っ払い、そして雑魚寝する。そんな時間を過ごしたかった、ただそれだけになっていました。それはまるで、修学旅行の夜、のような感覚でした。深夜、先生の目を盗んで女の子の部屋に忍び込んで皆で話す。そんな懐かしいドキドキ感をただ再び味わいたかった。ただそれだけのことだったのかもしれません。

・・・しかし、おっさんになった今思えば、なんともったいないことをしていたのだ、そう悔やまれます。しかし、あの当時はそれで満足していたのだから仕方がありません。今、お金がどれだけあっても時間を戻すことはできません。しかし、あの時確かに私たちは、小学校の修学旅行の夜、のあの時間に戻っていました。そういう意味では、もったいないのではなく、ものすごく有意義な時間を過ごしていたのかもしれません。

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