チェンマイで出会った美しい褐色の肌のハルベリー似の女の子

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チェンマイのマッサージ学校での出会い

黒人の女性は美しい。

初めてそう思ったのがチェンマイである女の子と出会ってからでした。日本に住んでいるとあまり黒人との接点はないし、バックパッカー時代もあまり出くわすことはありませんでした。初めてがっつり絡んだのはヨーロッパ横断中のポルトガルイギリスですが、偏見と思われるのかもしれませんが、いわゆる不良外人のように見えて怖い存在でした。

しかしこの黒人への偏見が一気に飛んだのがチェンマイでの出会いでした。今から20年近く前チェンマイはタイマッサージの聖地と言われていました。ITMOLD MEDICINEなどの既存の有名マッサージ学校はもちろん、ママレック、ママニット、ワンディ―、ピシェット、など一見普通のマッサージ屋、または古民家のようなところでさえタイマッサージを学ぶ日本人や西洋人で溢れていました。

そんなITMでの彼女との出会いは、私がITMに通い始めて4週間後のことでした。毎週月曜日には新しい生徒が入ってくるのですが、その中に彼女がいました。初めはタイ人だとは思いませんでした。肌の色はタイ人よりも少し黒い、というよりもブロンズのようでした。そして顔立ちは西洋人のそれでした。

ショートの髪型がよく似合っている綺麗な女の子でした。ちょっと一瞬見とれるほどでした。当時私は新しく入ってくる生徒のインストラクターのようなことをしていたのですがITMに既に4週間いることや、その前に複数の学校にすでに通っていたこともあり彼女にマッサージを教える過程で彼女と話す機会もたくさんありました。

その中で彼女がアメリカ系黒人の父とタイ人の母との間に生まれたハーフだということを知りました。今はバンコクに住んでいるが、観光がてらチェンマイに来たとのこと。そしてマッサージを本格的に学ぶというよりは観光の一環で来たらしい。

ちなみに当時私には学校に仲の良い、毎日学校終わりに遊んでいる、メンバーがいました。日本人の女の子2人、スウェーデン人の不良外人、スペイン人の女の子、フランス人の男に自分を加えての6人でした。ここにたまにトルコ人やアメリカ人も加わったりしていましたが、大体このメンバーで学校終わりにいつも行動を共にして遊んでいました。

そしてそのメンバーにこのハーフのタイ人の女の子が加わりました。加わった、というよりも私の彼女への好意に気づいたスウェーデン人が、彼女を引き入れてくれました。何ていい奴なんだ、そう思いましたが、彼から、俺が彼女との間をサポートするからその代わりに日本人の女の子との仲を取り持ってくれ、と交換条件を出され、共闘状態になったことは今でもいい思い出です。

そんなこともあり朝から夕方までは学校で、学校が終わってからは外で皆で、と一緒に過ごす時間が増えていきました。友人のサポート?の甲斐もあり、こちらの好意がきちんと伝わったのか、なかなか良い雰囲気になっていたと思います。

ある日彼女と学校終わりにマッサージの練習をすることになりました。私は当初他の友人達と皆でやるのかと思っていましたが何故か彼女と二人でやることになりました。後から知ったのですが、友人達が気を利かせてくれていました。マッサージの練習という名目で2人きりにしてくれていたのでした。

狭い室内で若い二人の男女が体をお互いに触り合う。普通ならそれは変な空気にもなると思います。しかも周りのお膳立てもあり、良い雰囲気になっている二人が。おそらく二人でマッサージの復習をする、となった段階で彼女はある程度気持ちを固めていてくれたのだと思います。

問題は、私が当時結構マッサージにストイックだったということでした。その時の私は本当にマッサージの復習+彼女にマッサージを教える、その一心だけでした。そしてマッサージをするだけして彼女を部屋から返した時の彼女の複雑そうな顔は今でも思い出します。 私が誤りを犯したことに気が付かせてくれたのは、スウェーデン人の悪友でした。どうだった?その夜彼からそう尋ねられ、

>何が?

いや今日学校帰り部屋で2人で過ごしたんだろ?

>マッサージの練習しただけですけど

は?マッサージだけ?何もしてないの?

>だからマッサージの練習をした。

お前バカじゃないの。

散々バカにされた後彼から、それは女の子に恥をかかす行為だ、とまで言われました。彼女は彼女で覚悟をして行ったはずだと。女に恥をかかすとは何事だと。本当かよ?とも思いましたがそういえば気になっていたあの去り際の彼女の複雑そうな顔はそういう意味かとも思いました。

 次は絶対モーションを起こせよ、そう悪友に言われその夜はお開きとなりました。そしてその次の日、また学校終わりに一緒に練習しようと彼女を誘いました。心の中では悪友に言われたことで一杯でした。しかし受け入れられる自信があったわけではありませんでした。むしろ拒絶された時はどうやって有耶無耶にしようか、そればかり考えていました。

そして昨日と同じく部屋でマッサージが始まりました。まずは彼女から。そして彼女のマッサージが終わると次は私がやる番でした。しかし頭の中はどうやってモーションを起こすかで一杯で動きがかなりぎこちなかったと思います。そしてその緊張が彼女にも伝わってしまいました。

どうしたの?今日はなんか変。

>そうですか?いつも通りですけど

何かおかしい。何考えてるの?

勘違いかもしれませんが、これは彼女からのキラーパスだと思いました。これはチャンスだと。でもチャンスとピンチは紙一重。ここでバカなことを言えば今の良い関係性も全部吹き飛んでしまう。でも後には引き返せない。行くしかない。ちなみにその時は、彼女は仰向けで寝ていて股を開いており、その開いた股の両鼠蹊部を掌で押圧している、という体勢でした。

こんな時に、こんな体勢で言うのも何だけど、俺お前のこと好きだわ。

>確かにこんな体勢の時に言うことじゃないね(笑)

そう笑いながらも彼女はNOとは言いませんでした。これはもう畳み掛けるしかない。そう思った私は、嫌だったらその都度嫌って言ってね、そう宣言してモーションを起こしました。

マッサージ中断して抱き着いてもいい?

ノーコメントでしたが、嫌とは言ってないから抱き着きました。

キスしていい?

同上。

てな感じで何かぐだぐだでしたが、結局その日に最後までイッテしまいました。まだ日が暮れてない夕暮れ時に行為に耽ったと言うのが逆にリアルで鮮明に覚えています。

その後彼女は学校帰りに私の部屋に来るのが日課となりました。そして同様にマッサージの練習をしつつ、途中から彼女に覆いかぶさるというのが私の日課になりました。当時の私は23歳になったばかりで下半身の意思には抗えませんでした。

しかしそんな彼女との関係は長くは続きませんでした。彼女は夏の休みを利用して1か月だけチェンマイに来ていました。バンコクに戻ると言う彼女を引き留めたかったのですが、大学生の彼女をチェンマイに留めさせるわけにも行きませんでした。

また当時の私はマッサージを本気で極めようと思っていたので自分としても今チェンマイを離れる気はありませんでした。彼女とはなくなく離れることになってしまいました。もしあの時彼女を追いかけてバンコクに戻っていたらどうなっていたのだろう。ひょっとしたらタイに移住する時期が大幅に前倒ししていたのかもしれません。