ブラジルのサルバドールでの怠惰な日々その9

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私は南米を後にすることを決めました。そして当然そのことを彼女に伝えなければいけません。しかし、どう伝えればいいのかが分からない。分からないというよりもやはり実感が湧きませんでした。自分がブラジルを離れるということを・・・時間にすれば半年。特に長い期間というわけではありません。しかし密度が違いました。

サルバドールでの彼女との生活が自分にとって、空気のように当たり前になっていました。そのためその生活に終わりを告げる実感を見出すのが難しかった。しかし、目の前にはビザとお金という現実的な問題がありました。さんざん逡巡しましたが、思い切って彼女に伝えることにしました。いつも通り会って、いつも通り飲んで、いつも通り話している最中。

・・・実はブラジルを離れなければいけなくなった。

>は?何で?

いや、ビザが切れそうだから・・・。

>そんなものは関係ない。

関係ないことはないよ。不法滞在になる・・・。

>ここはブラジル。だから関係ない。

いや、それ犯罪だし・・・

そんなやりとりがありました。彼女の、ここはブラジルだから不法滞在は関係ない、その一言が妙に胸に響きました。ちょっとだけ、あーそうか、ここはブラジルだったな、関係ないのかー。そう思ってしまいました。しかし、次の瞬間、いやいや待て待て。ダメダメ。そんな不法滞在とかしている場合じゃない、とすぐに我に返りました。

しかし、ブラジルのサルバドールを出たことがない彼女には、不法滞在、という言葉の意味があまり分からないようでした。貴方がここに居続けることが何が問題なの?本気でそう思っているようでした。そのため話は平行線をたどり、しばらくの間まったくかみ合いませんでした。

それから根気よく、不法滞在は犯罪であり、下手をすると刑務所に入れられる可能性もあることを説明すると彼女は何とか納得してくれたようでした。しかし、問題はそれからでした。不法滞在については分かった。じゃあ次は何とか合法的にブラジルに居続ける方法はないかという話になりました。そこから先は全く不毛な時間でした。

当時、彼女と一緒にいて飛躍的にポルトガル語が理解できていたつもりの私ではありましたが、それでもそんなものは片言中の片言でした。彼女と一緒に居る時に会話ができていたのは、あくまで彼女が身近な存在だったため、私の言いたいことの意を汲んでくれたため会話が成立していただけでした。

しかし、これが法律的な問題やビザの問題などの専門的な会話になると、ポルトガル語で説明できるわけもなく、お互いに言いたいことは伝わらず、言っていることは理解されないという時間が続きました。この時に改めて外国人の女性と一緒にいることの難しさを理解しました。そうしてお互い疲弊し尽くし、しばらくの沈黙の後、彼女は言いました。

・・・いつ日本に帰るの?

すん、といった感じで彼女の表情と声色が変わった気がしました。