海外生活と現代病の対処法を暴論だけど考えてみた

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昔どこかで読んだある話を思い出しました。それは痴呆、認知症にかかった母親を山奥の生活用具が一式そろった家へ息子が捨てに行く話。嫁はそんなひどいことはしないで、と泣いて頼みますが息子は非情にも山奥の家に自分の母親を置き去りにします。

置いて行かれた母親はしばらくの間ボーッとして、自分の置かれた状況が分かっていませんでした。しかし、いつものように嫁を呼んで食事を有無を聞いても返事がありません。すると遠くの方から野犬の遠吠えが聞こえてきたことで我に返ります。戸締りの準備をしなくちゃ。そういえばお腹も空いている。食事の準備もしなくてはいけない。

極地(生活用具一式はあるので極地とは言えませんが)に置かれると人間は本来持っている種族維持本能が働きます。神経が敏感になります。母親は便利な都会の生活、全ての面倒を見てくれる嫁や息子がいる生活に慣れて生存本能が衰え、痴呆になりかけていました。しかしそこから山奥という不便な場所、面倒を見てくれる人のいない状況に置かれることで一気に生存本能が復活しました。

この話の結末ですが、数か月後山奥の家を訪ねた息子と嫁は、そこで元気に水を汲み、掃除・洗濯をし、野菜を育て、料理を作る母親と対面するところで終わっています。批判を恐れずに言えば、今の日本、日本だけでなく先進国や富裕層が抱えている社会問題の一部にもこれと同じ病根のものがあるのではないかと思います。

いわゆる、鬱(軽い)、引きこもり、ニート、対人恐怖、コミュニケーション傷害、自閉症、などなど。もちろん病気だということは分かっています。きちんとした病名がついていることも知っています。しかし、とも思う。これは豊かさゆえの病気なのではないかと。もちろんその全てがとは言いませんが。

別に病気で苦しんでいる人をディスっているわけではありません。でもいわゆる上記の病気の人達を(暴論だということはもちろん理解していますが)どこかインドかパキスタン辺りにほっぽり出しておけば、エアコンもない、パソコンもない、ウォシュレットもない、ましてや何も言わずご飯を作ってくれる母親もいない、そんな環境の外国にほっぽり出せれれば一気に人間が生来もつ生存本能が働いて治るのではないかと思ってしまいます。

引きこもる場所なんてない、お客様でなければこちらのことなんて気にしてくれない、対人恐怖なんて言ってられない、自分からきちんと主張することは主張しないとまることも食べることも飲むことも移動することも何もできない。そんな状況に置かれれば一気に治るのではないかと思ってしまう。

そんなことをしたら死んでしまう。そう思うかもしれません。でも、人間そんなに簡単に死なない。私は何も私や他のバックパッカーが特別なスキルを持っているとは思いません。自分で言うのもなんですが、私も極度の人見知りです。人前で歌うなんて恥ずかしくてできないからカラオケ大嫌いだし、つい最近やっと一人でファミレスに入れるようになったくらいです。そんな私でも海外を一人で放浪していました。そう。海外に行くと恥ずかしいとか言っていられません。

自殺をしてしまうかもしれない。しかしそんなのもほとんど杞憂で終わると思います。ほとんどはそう言っているだけです。もちろん中には心が弱く、実際に実行してしまう人もいるかもしれません。やはり、でも、と思う。そんな人はごくごく少数です。ほとんどの人は実際に実行に移す、簡単に死ぬ勇気なんてあるわけがない。よく言われることですが、催眠術にかけても自死だけはさせられない。そのくらい深層心理に眠る本来持っている生存本能は強いもの。

ちょっと論旨がずれますがカナダのバンクーバーにワーホリをしている時に一人の若い男の子に会いました。確か19歳だったと思います。彼は中学からグレはじめ高校に行かず地元で悪さばかりしていたらしいです。そんな状況を憂いた両親が、分かった。高校にも定時制にも行かなくてもいいから留学をしてこい、そう言ったとのことでした。今のご時世英語が喋れれば学歴がなくても生きていけるから、と。

この話を聞いた時、私はこの両親は素晴らしいと思いました。彼と過ごした時間はほんの2か月くらいでしたが、彼はその2か月の間にカナダ人の彼女が出来、あっさりと当時28,9歳だった私の英語力を追い抜いて行きました泣。若い子の吸収力は素晴らしいと思う反面、彼の両親の思惑が見事的中したのだと思いました。

使い古された言葉ですが、死ぬ気になればなんだってできます。自分や家族の人生に海外という選択肢を加えることによって、ひょっとしたら今抱えている問題のコロンブスの卵的な解決策になるかもしれません。

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