タイで初めてできた外国人の彼女10

Pocket

私のチェンマイである種純粋な欲望のままの生活を送っていました。やりたいマッサージの勉強をして、彼女とセックスをして、彼女が日本食屋で働きだす18時以降は同じ宿の友人と飯を食らい酒の呑み、そして寝る。この生活をループしていました。今思えばなんと贅沢な時間だったことかと思います。当時のチェンマイは私にとってのエデンでした。

私は大学を卒業してタイに来た当初、バンコクにあるタイマッサージ学校が発行する学生ビザを持っていました。最初の1年はそのビザを利用して滞在していたのですが、それが切れると観光ビザを取ることなくノービザで滞在していました。

タイでは、日本人はノービザで1か月滞在することができます。しかし当時はタイがまだまだ私のような不良貧乏外国人に寛容な時代でした。毎月1回、当時滞在していたチェンマイから陸路でミャンマーへ行き国境を越えていました。そしてビザをリセットして再び1か月ノービザで暮らすという生活を繰り返していました。そして当時のチェンマイには私のようにひたすらノービザの延長を繰り返す長期滞在者がたくさんいました。私もミャンマー陸路国境ビザリセットを10回以上繰り返したことになります。

今も懐かしいメーサイ行きのバス。朝8時発のチェンマイ市内北東にあるチェンマイアーケードからチェンライ経由で国境のメーサイ行きのバスが出ています。この時間のバスはいつも大行列が出来ていました。チェンライまでおよそ3時間。そこからおよそ1~2時間ほど、お昼過ぎには国境のメーサイに着きます。

そしてここからは時間勝負でした。何といってもメーサイには日帰りで来ていました。チェンマイに帰るバスの最終は3時半でした。これに乗り遅れるとメーサイもしくは、途中のチェンライで一泊ということになります。バスから降りるとすぐにソンテウ(乗り合いバン)に乗り、国境に向かいます。

タイ側で出国手続きをするのですが、この出国手続きが混んでいる時は1時間くらいかかることもあります。タイの税関を抜けると橋を渡りそのままミャンマーの入国手続きをします。この時に10ドルか500BAHTの入国料?の支払いがあるのですが、ドルの方が安いのでドルを持っていく必要があります。

そしてミャンマー入国となります。ただミャンマーへビザランへ行くと言うと彼女や友人に買い物を頼まれることがあります。ミャンマーの町タチレクにはマーケットがあり、そこでは映画のCDVCDDVDが格安で売られています。まあ全部中国製のコピー商品なんですが。その買ってきて欲しいリストを渡されるのです。そのため大急ぎで買い走ることになります。

しかしそういった買い物がない場合、ミャンマーの入国手続きを終えた足で、反対側に渡り出国手続きをすることになります。ミャンマーの税関職員も慣れたもので何も不思議がることなく出国手続きをしてくれます。つまりミャンマー滞在時間は数秒になります。

このように大急ぎでタイ出国→ミャンマー入国→(買い物)ミャンマー出国をして、再びメーサイのバスターミナルへ向かいます。出発時間自体は15時半なのですが、売り切れる可能性も高いので早めにバスターミナルへついている必要があります。このようなスケジュールになるためタイ側のメーサイやミャンマー側のタチレクでの滞在ではほとんど何もしません。ひたすら機械的に移動して国境の出入国手続きをして戻ってくるという作業になります。

こうして何とかして15時半のチェンマイに帰るバスに乗れればチェンマイに着くのは21時少し前となります。朝8時から夜の8時過ぎまで、拘束時間はおよそ13時間越えとかなりのハードワークとなりますが、当時まだ若かった私は当たり前のように毎月一回ミャンマーへ行っていました。