海外移住日記第41話 ラオスの悲惨な歴史を目の当たりにする

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ラオスにも悲惨な戦争の歴史がありました

海外移住日記第41話 サービスアパート管理人編

日本人の女の子とドイツ人と3人で深くまでお酒を飲んだその次の日。私はようやくタイ大使館にビザを申請しに行きました。ちなみに私がビエンチャンに着いたのは水曜日の昼でした。つまりその次の日の木曜日の朝にビザを申請して翌日の金曜日の午後にビザが発給される予定で来ていました。

ちなみに観光ビザの申請は簡単そのものでした。代筆屋ならぬ代書屋が大使館の目の前におり、その人にパスポートと写真を渡せば終了でした。値段も100Bでやってくれます。というか写真がなくてもその場で取って現像してくれます(別途100B)。なので最悪パスポートと代書代と観光ビザ代1000Bさえあれば誰でも取れます。

しかし結局私は金曜日の朝にビザを申請しに行きました。本来は今日金曜の午後にビザを受け取っているはずだったのですが、雨が降っていたので仕方がありません?そう思うことにしました。しかし金曜日の朝に申請しても受け取りは月曜日の午後になります。という訳で土日ヴィエンチャンに滞在することになってしまいました。あれ?同じことがシンガポールでもあった気がする。でもあれは会社のミス。しかし今回は雨のせい。私の責任じゃありません。

・・・気持ちを切り替えてヴィエンチャン観光を楽しむことにしました。幸い同部屋にいる女の子と仲良くなったので一緒に観光することができました。彼女もラオスの観光はまだしておらず良く分からないということだったので、ネットで調べることにしました。色々と候補は上がりましたが、とりあえず歩きながら考えるかということになり、とりあえずタートダムでも行くかということになりました。

感想は、・・・ふーん。でした。そして困ってしまいました。次どうしよう?とはいったものの凱旋門(パトゥーサイ)は見飽きていました。また入場料に3000キップ(約50円)払ってまで上に登りたいとも思いません。彼女も外から見たことがあるというので行くのはやめました。じゃあワットシーサケットに行くかと思い調べると今いるタートダムの近くでした。が、入場料5000キップ(約85円)ということ、寺院内も狭いようで、わざわざ中入る?みたいな感じになったので外から見るだけにしてやめました。

やばい。このままだと結局どこにも行けないかもしれない。そう思ったので、次の候補地には何も文句を言わず絶対に行こうということになり、コープビジターセンターを目指すことにしました。途中タラートサオの隣にあるショッピングモール?内で休憩兼食事をとることにしました。

ちなみにそこでラオスの物価事情をさくっと見てみたのですが、洋服が大体20000キップ(約250円くらい)から、サンダルなどで15000キップ(約190円くらい)でした。あくまでもデザインを度外視するのならですが。タイと同じかそれよりも少し安いくらいだと思いました。

食事も終わり、どうせならここからバックパッカーらしく歩いていこうということになりました。距離にして1㎞もなかったと思います。途中完成間近なのか大きな近代的なショッピングモールを建設していました。いつ完成するのかは分かりませんが。そして目的のコープビジターセンターへ到着。

コープビジターセンターは、ベトナム戦争時に使われたクラスター爆弾の不発弾の被害に関しての展示や被害者の状況が展示してある施設でした。うっかりすると見逃してしまいそうになるほどの小ささですが、見ごたえは十分ありました。ちょっとカンボジアのキリングフィールドを思い出しました。また義手や義足の展示なんかもしてありました。初めは観光気分で来ていましたが、館内を周るうち無駄話がなくない食い入るようの彼女と見て回りました。

・・・帰るか。そうですね。改めて戦争の悲惨さと、自分たちが豊かで平和な日本で生まれて、五体満足で生まれ、生活できていることを再認識しながら宿へと戻りました。