海外移住日記 第52話

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結果、何もせずに終わった研修の7週間

海外移住日記第52話 サービスアパート管理人編

バンコクでの研修も終わりの日が近づいてきました。当初4週間と聞いていた研修が実質7週間になったことに対してキレそうになりましたが、終わってみればこの7週間は本当に楽な7週間でした。暇な時期だったということもあります。バンコクでは仕事自体がないので業務内容を覚えるも何もないため、この後シラチャに戻ってがっつり新しいことを覚える羽目になります。

そう。研修期間自体は7週間あったのですが、全くの無意味に終わりました。これには色々な理由がありました。まず私が働くことになるシラチャの建物はできたばかりで、私がシラチャで働き始めた時には入居率も20%を切っているような状態でした。対してバンコクの建物はできてから20年近く経っており入居率は90%を越えていました。

そのため基本業務がまるで違いました。言うなればバンコクの業務は客が入った後のフォローから退去の仕事が主でした。仕事を一連の流れで例えるとお尻の仕事となります。対してシラチャでの業務は案内から契約、そして入居するまでと言った頭の仕事となります。

バンコクではこのシラチャで従事することとなる頭の仕事をやる機会が全くありませんでした。そのためシラチャで一から仕事を覚えなければいけませんでした。ちなみにバンコクでほんの少しですがやった退去関連の仕事はシラチャには当分ありません。建物ができたばかり、お客も入居したばかりだったので退去の予定は来年までありませんでした。そしてそんなものその時には覚えているはずがありません。

・・・何だったんだあの時間は!!!だから初めからバンコクじゃなくてシラチャで研修すれば良かったのに!そう何度も一人つぶやきました。そんな未来に多少の禍根を残しつつもバンコクの研修は終わりを告げました。しかし正直、ようやくシラチャに戻れる!と嬉しい気持ちで一杯でした。

というのも元々4週間のつもりでバンコクで来ていたため生活するための荷物が全く足りておらず、かなり不便を強いられていました。またシラチャで空けっぱなしにしている部屋も心配でした。家賃やその他のお金も振り込んでいません。あまりに部屋を開けると鳩が巣を作るのも心配でした。

何よりも一番嫌だったのは何といっても温かいご飯が食べれないことでした。会社が借りてくれていた部屋がバンコク市内の陸の孤島みたいなところだったため、食事にとても苦労していました。最寄りの公共交通機関まで1キロ以上歩かねばならず、その途中に気軽に入れる食堂は皆無でした。仕方がないので毎回近くにあったスーパーで冷たい惣菜を買って食べていました。そのため早くシラチャに戻って炊き立てのご飯が食べたいと毎日思っていました。

こんな生活からやっと解放される!そう嬉しかったのを覚えています。

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