海外移住日記第64話 シラチャに流れ着いたのは偶然か必然か

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シラチャに流れ着いたのは偶然か必然

海外移住日記第64話 サービスアパート管理人編

シラチャで働き始めた会社の休日は週に一日でした。給料は激安で休みも週に一度と少ない待遇。また祝日も年末年始も休まず仕事でした。そう、私が働いていたサービスアパートの年間休日は週一の休みに年14日間の祝日代休と年6日(1年後)の有給合わせておよそ70日といったところでした。

この年間休日数はほかの会社と比べてもかなり少ないと思います。しかしそれでも、残業がほぼなくノルマ等もほぼない、することと言えば、拘束時間の間机に座ってインターネットをしている、そんな仕事を私は選びました。

また拘束時間という意味でも短かったと思います。当時私が働いていたサービスアパートで暮らしている人の生活スタイルは、もちろん個人差ありますが、一般的に朝6時前には起床し、仕事が終わり部屋に戻るのが8時過ぎが普通でした。一日の拘束時間は、およそ15時間弱となります。

ちなみに私が鉄鋼会社で働いていた当時の拘束時間は、朝7時半に起床し8時過ぎには出勤していました。そして本来の就業時間は9時から18時だったのですが、サービス残業が当然のように毎日あり部屋に戻るのは毎日21時近い時間でした。そのため拘束時間はおよそ14時間といったところだと思います。ちなみにこの会社の時には、週2の休み、祝日、ソンクラン、夏休み、春休み、年末年始、等ありました。年間休日120日はあったのですが、体は疲労困憊していました。

それに比べるとシラチャでのサービスアパート管理人の仕事は、就業時間は7時から16時でした。また当時住んでいたシラチャプレイスから徒歩10分のところに職場があったため、朝6時半に起床して、残業もほとんどなく部屋に戻る時間は16時半前と拘束時間はおよそ10時間程度でした。

例え休みが週1でも、朝の7時から働いて夕方の4時には仕事がほぼきっちり終わるのでかなり楽でした。ただ給料自体は少ないので、そのほかに自分で副業をする必要はありましたが。それでも概ね満足をしていました。金銭的にもたくさんではありませんが、今すぐ生活に困窮するわけでもありませんでした。

このシラチャでの仕事は、ストレスが限りなく少なく、自分の時間を余裕をもって取ることができたので自分にとって大変都合が良いものでした。どちらにしても、前社、前々社の経験から雇われの身に任せることなく、最低限暮らしていけるくらいのお金は自分で(副業で)稼ごうと思っていたこともありちょうどよいと思いました。

なんやかんや流れ着いたシラチャ。そしてその近くにあったパタヤ。これも偶然ではなくて必然だったのかもしれません。今から考えるとそんな気がしないでもありません。