中東旅行記2 カイロの日本人宿と言えばサファリホテル

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カイロ市内に向かうバスには日本人ばかりが乗っていました。

私が恋心を寄せる女性、Mさんのシリア赴任が決まった半年前から私は中東旅行を計画していました。Mさんに会いに行くためだけにシリアまで行く。それって何かバカバカしくて逆に面白いかも?そうずっとテンションは上がりっぱなしでした。

でも、どうせシリアまで行くのなら、いっそのこと中東全体見て回ってみるのも一つの手だな・・・その過程でMさんに会いに行く。そのほうが面白いかもしれない・・・そう思い調べてみるとなんて当時の中東旅行には大きく分けて2通りありました。

それは上から下るか。下から上がるかの2つでした。つまりトルコからレバノン、シリア、ヨルダン、エジプトと下るか。それともエジプトからヨルダン、シリア、レバノンと上がるか。そして私は後者を選びました。

その数日後、私が手にしたのは、マレーシアのクアラルンプール経由のマレーシア航空、エジプトのカイロIN、レバノンのベイルートOUTのチケットでした。時は今から20年前。私がバックパッカーを全力でしていた時の話です。

そして冒頭の文章に続きます。カイロに到着したのは朝の6時ころでした。そして、たまたまなのか、空港職員が気を利かせて?そうしたのかは覚えていませんが、とにかくカイロ市内に向かうバスの車内は日本人だらけでした。

ちなみに当時のエジプトカイロには有名な日本人宿がありました。その名もサファリホテル。知っている人もいるかと思います有名というか悪名というか・・・当時の私は生粋のバックパッカーでしたが、日本人宿は毛嫌いしていました。

というのも大体どこの日本人宿にも主(数年単位で沈没している日本人)が鎮座しており、まるで牢名主のようにふるまい、新入りをいびるというしょうもないことをしている人がいるところもありました。

よく、人は3人集まれば派閥ができる、なんて言いますが、こんな海外に出てまでそんなことしなくてもいいのにと呆れてしまうのですが真実なので仕方ありません。まあ原始的な人間らしさと言えばそうなのかもしれません。

そしてこのサファリホテルにも(あくまで昔の話)有名な数年単位の沈没者が数人滞在しており、我が物顔で宿内で横暴の限りをふるまっている、という話がまことしやなかにネット上で囁かれていました。真偽は実際に見てみなければわかりませんが、そんなことをするのも面倒なのであえて私は選択肢から外すことにしました。

カイロは世界的な観光都市ということもあり、そこかしこに安宿があったためサファリホテルから少し離れたところにある同じようなイスマイリアスという安宿にチェックインすることにしました。私以外にも同じくサファリホテルから距離を取りたい日本人バックパッカーがいたので宿のオーナーが気を利かせて同じドミトリーの部屋を用意してくれました。

そうして私の中東旅行のスタートが切られました。




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