中東旅行記6 大満足のアブシンベル神殿

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アブシンベル神殿はアスワンからツアーで行くことになります。ツアーといっても乗り合いのバンに各国の旅行者が相乗りして神殿の前まで行くというものだったのですが、およそ280㎞の距離、周囲に何もない砂漠を約4時間で駆け抜けます。

アブシンベル神殿は大神殿と小神殿の二つしかありません。当初、滞在時間2時間もいるか?なんて思っていたのですが、実際訪れてみるとものすごい迫力でした。思わず時間いっぱい、まじまじと遺跡を見続けていました。正直ピラミッドよりも興奮したかもしれません。

ちなみにこのアブシンベル神殿は内部は写真禁止のようです。ようです、というのは私はそのことをを知らずに普通に写真を撮ってしまっていました。それがこちら↓アブシンベルに関してはもう言葉はいらないかと思います。散々取った写真が物語ります。

実はこのアブシンベル神殿ですが、元は違う場所にありました。しかしダム建設のため水没の危機に瀕していたところユネスコの救済活動で移築されたものでした。詳細は以下。

1960年代、ナイル川にアスワン・ハイ・ダムの建設計画により、水没の危機にあったが、ユネスコによって、国際的な救済活動が行われた。1964年から1968年の間に、正確に分割されて、約60m上方、ナイル川から210m離れた丘へ、コンクリート製のドームを基盤とする形で移築された。現在ではアスワン・ハイ・ダムの建設によってできた人造湖のナセル湖のほとりにたたずんでいる。この大規模な移設工事がきっかけとなり、遺跡や自然を保護する世界遺産が創設された。アブ・シンベル神殿は世界遺産の象徴的な遺跡で、文化遺産として登録されている。

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驚くべきところはこの遺跡を”人力”で切り出して解体して、それを元々あった場所から210㎞離れた丘へ運び再び組み立てなおしたということ・・・意地というか根性というか執念というか・・・

昨今のユネスコの体たらくを見ると、てっきり民主主義的な採用形式のない、縁故主義で形成されている、汚職とワイロにまみれた腐った組織だとばかり思っていました。そして今でも中国や韓国などの国からのロビーにまみれた職員しかいないように思っていましたが、昔のユネスコは偉かったのかもしれません。とにかくこのアブシンベル神殿を残してくれたことは感謝の一言です。

ちなみにこのアスワン滞在は2泊でした。アスワンに到着したのは昼前。その次の日の朝にアブシンベル神殿を見学して、13時ごろにアスワン市内に戻ってきました。そしてその日の20時発の夜行列車でカイロへ戻る、という強行軍でした。

・・・あれ?これひょっとしたら移動時間の方が長いんじゃね?そう思いましたが、とにかく思っていたよりもずっと感動・満足のアブシンベル神殿でした。



週刊地球旅行(44)ルクソールからアブシンベル神殿へ(エジプト)