ヨーロッパ横断旅行記20 本編

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ハンガリーのブダペストからのバスがオーストリアのウィーンに到着したのは昼前でした。しかし・・・正直ごめんなさい。オーストリアにはまったく興味がありませんでした。それこそハンガリーよりも興味がありませんでした。今から考えるとこれまたもったいない話なのですが・・・しかし、20年前の私はチェコのプラハになぜか異様なまでの憧れがありました。

これがまた何でだったのか・・・その理由はさっぱり覚えていません。しかしそのためにプラハへの道中を急いでいました。そしてウィーンにはその中継地として仕方なく寄っただけでした。というかハンガリーから直接チェコまでのバスがあれば、オーストリアに寄ることすらしなかったかと思います。

そのため私はウィーンのバスターミナルに着くや否や、そのままチェコ行きのバスがあるかどうかを調べたくらいでした。しかし、残念ながらその日はフルとのこと。そして次のバスは夕方でプラハ到着は夜とのことでした。うーん、初めての国で到着が夜・・・。そこからホテル探すのはしんどい。いくら急いでいるとはいえそれくらいの分別は着きます。

当時の私からすると当たり前なのですが、当然チェコのホテルを事前にとってなどいませんでした。まあこれはバックパッカー時代に周った数十カ国どこもそうなので、普段であればあまり気にしてはいないのですが・・・ひょっとしたら、ちょっと、ユーゴスラビアでのトラウマもあったのかもしれません。

しばらく考えた結果、夕方ではなく明日の朝のプラハ行きのバスを購入し、仕方なくウィーンに一泊することにしました。宿は念のために事前に調べてあったユースホステルまで向かうことにしました。部屋は幸いにして空いているとのこと。特に部屋をチェックすることもなく、宿泊を決めることにしました。

それにしても当時(今から20年近く前ですが)のユースホテルはどこも簡単に泊まれた記憶しかありません。何やら今ではユースですら事前に予約が必要だとか何とか。信じられません。ちなみに私がヨーロッパ横断をしていたのは夏休みだったのでがっつりシーズンだったはずなのですが・・・時代か。こんなところにもジェネレーションギャップがあるとは。

そんな案内された部屋は、まるで大学の寮みたいなところでした。部屋は当然大部屋ドミトリーで10台ほどの2段ベッドが並んでいました。しかし、宿泊している観光客は半分もいなかったと思います。というわけで2段ベッドを一人一台使うような形で使用していました。