ヨーロッパ横断旅行記31 オーストリア編

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私は日程に全く余裕がないにもかかわらず、プラハからウィーンに戻ることにしました。そして、そんなウィーンでのひと時は今でも夢だったんではなかろうかと思うことがあります。それほど現実離れした時間を過ごすことができました。当時の記憶はまるで靄がかかったようにおぼろげですが、彼女との写真が残っているのでかろうじてあれが現実であったと確認ができます。

そんなウィーンでの一夜は過去記事参照ですが、簡単に言うと、我が人生に一片の悔いなし。そう高らかに宣言できるひと時でした。心から思います。おそらくあれが私の今までの人生の最高峰。人生の絶頂期に立っていると思うひと時でした。

だからこそ思う。悔やまれる。後悔ばかりの人生ですが、なぜあの時彼女の元を離れたのか?そのことが抜けないとげのようにいまだに心の中にあります。しょうもない話ですが、おっさんになった今なら、その先の旅などポイっと捨てて彼女と一緒に過ごすことを選択したかもしれません。

ずっと彼女と一緒にいたい、旅だのなんだの関係ねえ、そんな甘くて臭いセリフを死ぬほど吐いて、全てを捨てて目の前の女性との時間を選択していたかもしれません。しかし当時の私は旅に飢えていました。軽く使命感みたいなものまでありました。何だったんだあの頃の自分は本当に。

そんな当時の私はと言えば、泣く泣く、断腸の思いで、後ろ髪引かれる、それらを全てミックスしたような言葉で言い尽くせない感情を抱きつつも、先に進まねばならぬとウィーンを離れました。ウィーンをというよりも、彼女の元を、です。そしてスペインを目指すことにしました。

しかし既述のように私にはあまり時間が残されていませんでした。イスタンブールで別れた友人たちとの約束。そう。スペインのトマト投げ祭りでの再会まで残り7日ほどしかありませんでした。当時の私の心境でいえば、これだけのものを犠牲にしたわけだ、何としてでもトマト投げ祭りが開催されるブニョールまでたどり着かねばならぬ。そして楽しくなくてはならむ。

失ったものの大きさ故、認知的不協和を起こさないよう、私の中でトマト投げ祭りへの期待値と絶対行かねばならぬという使命感が高まり続けていました。